SPICEで学ぶ電気回路の基礎 講座
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4. 複素記号法

4.1 指数・対数と複素数
指数と対数 人間の指の数が10本であったので10進数がもっとも普通に使われている。
b^a(bのa乗)という指数を考えたとき、底を10とした10^aがすぐに思いつく。

その逆関数としてのa=log10(x)という対数は常用対数と呼ばれ、10進法において扱いやすい(親和性がある)ので、工学や天文学の桁数の幅が広い数値の表記に使われる。

しかし、数学的にもっと自然な指数の底はないかと考えたとき、特別な底が見つかった。

それが、自然対数の底やネイピア数といわれるものである。
この数にeという記号を当てはめると、これは
 
n→0のときe^n≒1+n
を満たすような数で、値としては 2.7182818・・・という無限に続く小数で無理数である。

この不思議な数を底として指数やその逆数の対数をつくると、ほかの数を底としたときには成り立たない次のような性質を示す。なお、このeを底とした対数は常用対数に対して自然対数と呼ばれる。(log(e)xまたはln xと表記)

・対数であらわすと n→0のとき ln(1+n)≒n
・関数y=e^xをx-y直交座標にグラフとして描いたとき、x=0における接線の傾きは1となる。
・微分しても変わらない de^x/dx=e^x
・積分しても変わらない ∫e^xdx=e^x+C
・d(ln x)/dx=1/x
・∫1/x dx=lnx+C

複素数  x^2=-1という方程式に対して、解のひとつを i と呼ぶことにした。この方程式の解は、x=±i となる。

そして、i を使うとすべての数は p+iq という形に書けることがわかった。pが実数、qが虚数、i を単位虚数といい、p+iq は複素数と名づけられた。
-1の平方根という発明のおかげで、すべての代数方程式が解けるようになった。

実軸と虚軸を使ったガウス平面の考案により、すべての複素数は、平面上に図示できるようになった。
また、平面上の任意の座標は、原点からの距離 r と原点を通る線分との角度 θで表すことができる。
以上により、以下のことが言える。

○複素数を幾何学的にあらわす二つの方法

 複素数を平面内にあらわすことにより代数学を幾何学と関連付けることができた。

直交座標(直交形式) 実数部分 x +虚数部分 y
x+iy
極座標(極形式) 絶対値 r と偏角θ
r∠θ
 r とθが与えられると、x=r・cosθy=r・sinθ
 よって、x+iy = r(cosθ+ i・sinθ)
 逆に、x と y が与えられると、r=√(x^2+y^2)θ=tan(y/x)
オイラーの公式 1740年頃オイラーによって発見された以下の等式は、指数関数と三角関数の間に成り立つ等式で、オイラーの公式と呼ばれている。

  
e^(iθ)=cosθ + i・sinθ ------- (4.1)

上術の複素数を平面にあらわしたときの関係とこのオイラーの公式より
任意の複素数には次の関係がある。これらは相互に変換できるようになる必要がある。

  
x+iy = r∠θ= r(cosθ + i・sinθ) = r・e^(iθ) ------ (4.2)


オイラーの公式の角度θにπ[rad]を代入すると
  
e^(iπ)=cosπ + i sinπ=-1+0=-1
e^(iπ)=-1 は、小川洋子氏の小説「博士の愛した数式」にも取り上げられた美しい不思議な数式で、オイラーの等式と呼ばれている。
4.2 正弦波の複素数への拡張
正弦波交流を複素数で表す細工  正弦波交流という電気的振動現象は、sinまたはcosという三角関数で表される信号を交流電源から供給することによって、起こされる。

回路を解析することは回路方程式を解くことであり、交流の回路方程式はインダクタやキャパシタがあると微分積分方程式となる。
したがって、交流回路の解析は三角関数を含んだ微分積分方程式を解くことである。

ここで前出のオイラーの公式(4.1)を思い出し、θをωtとおくと
  
e^(iωt)=cosωt + i・sinωt

ただし、虚数単位が i のままだと電流の記号 i と混同する恐れがあるので、電気工学では虚数単位を j として扱う。したがって

  
e^(jωt) = cosωt + j・sinωt ------ (4.3)

また、指数関数の微積分は

指数関数の微分 de^(ax)/dx=ae^(ax)
指数関数の積分 ∫e^(ax)dx=1/a・e^(ax)

となり、sinやcosを微積分するよりも指数関数を微積分したほうが簡単であることがわかる。

そこで、sinやcosで示される交流電圧電流を複素数であらわし、それを指数関数に置き換えるという細工が考えられた。
現実の回路内に複素数の電圧や電流が存在する訳ではないが、数学的に計算を簡単化できるという理由で、複素数まで拡張して考える。

ただし、この方法が採れるのは電気回路が線形であるという条件が成り立っているときである。回路方程式が線形微分方程式であるときにのみ複素数を使うことができる。
線形ということは、回路方程式の電圧や電流が1次または0次であるということである。

そして、最終的に計算の結果を複素数から実数に戻すときには、最初に実部のcosを置き換えたか虚部のsinを置き換えたかを間違わない注意が必要である。

 自然界で観測される物理現象には、一定の条件下では多くの場合比例関係が見られるという。何かが振動するという現象でも、加えられた力と振動の振幅には比例関係がある。
バネに付けられたおもりの振動、電気回路内の電荷の振動、音叉の振動など、これらはすべて数式で表すと次のような線形微分方程式で表される。

これはn階の定数係数線形微分方程式(aiは定数)と呼ばれる。

以上の本項の内容は、電気回路についてだったが、この定数係数線形微分方程式が成り立つ物理現象であれば、同じようにこの方法を解析に用いることができる。
このテクニックは、複素記号法と呼ばれており、微分方程式を代数方程式として解くことができる便利な方法である。電気回路における具体的な方法について以降に順を追って記載する。
フェーザ表示とは 前出の(4.3)式の両辺をA倍すると

  
Ae^(jωt+jθ) = A{cos(ωt+θ) + j・sin(ωt+θ)}

この左辺を分解すると

  
Ae^(jωt+jθ) = Ae^(jθ)・e^(jωt)

この式の右辺において、前の部分のAe^(jθ)は極座標形式で絶対値の大きさAと角度または初期位相θを表し、後ろの部分のe^(jωt)は大きさ1で時間の関数を表している。

時間の関数部分は、角周波数ωが一定の正弦波関数である。極座標形式で特徴的な絶対値および初期位相の部分と、時間の関数部分は、計算の過程においては区別して考えて計算の簡略化を図っても差し支えない。

時間の項を除いて位相のみとした複素数領域の極座標表示

フェーザ(phasor,phase vector,位相ベクトル)表示と呼ぶ。上記の論法に従い、これを記号化して計算に使用する。

上記の場合ならば、フェーザ表示を S=Ae^(jθ)などと略記する。

正弦波交流ならば、実効値を基準としてフェーザ表示を以下のように略記する。

  V=Ve・e^(jθ) (Veは実効値電圧など)
   I =Ie・e^(jθ) (Ieは実効値電流など)

VI はフェーザ表示であることを忘れないように、太字にしたり、上に「・」ドットや「^」をつけて区別する。
フェーザを使ってみる(RLC直列回路を複素数で解く) 交流電圧源 v=Vm・sin(ωt) のとき
交流電圧と電流を複素数まで拡張して考え、オイラーの公式により指数関数に変換するという前項の細工を使ってフェーザで表すと、以下のようになる。

 
v(t) → √2Ve・e^(jωt) = √2V e^(jωt) ------ (4.4)
 
i(t) → √2Ie・e^j(ωt+θ) = √2Ie・e^(jωt)・e^(jθ) = √2I e^(jωt) ------ (4.5)

ただし、θは予想される位相のズレを示している。Veは電圧実効値を、Ieは電流実効値を、Vは時間を含まない複素電圧Ve・e^(j0°)を、I は時間を含まない複素電流のIe・e^(jθ)を示している。

さらに微分・積分は

 di/dt→jω√2I e^(jωt) ------ (4.6)
 
∫idt→1/(jω)・√2I e^(jωt) ------ (4.7)

式(4.4)〜(4.7)を与式(4.8) に代入して、
v(t) = R・i + Ldi/dt + 1/C・∫idt ------ (4.8)

 
√2V e^(jωt)=R・√2I e^(jωt)+jωL√2I e^(jωt)+1/(jωC)√2I e^(jωt)

両辺を√2e^(jωt)で割り、時間関数部分を省略すると

 
V=RI +jωLI +1/(jωC)I

電流について整理すると、

 
I =V/{R+jωL+1/(jωC)} =V/{R+j(ωL-1/(ωC))}
  =V/[{√(R^2+(ωL-1/ωC)^2}・e^jθ]      (極座標表示から)
  
=(Ve・e^(-jθ))/{√(R^2+(ωL-1/ωC)^2}    

ただし、θ=tan-1{(ωL-1/ωC)/R}

フェーザで表していた部分を時間の式に戻すと(最初の条件からsinにする)

 
i(t) =1/{√(R^2+(ωL-1/ωC)^2)}×(Vm・sin(ωt-θ))
複素インピーダンスと複素アドミッタンス 前項では、i→√2Ie・e^j(ωt+θ)などと変換をしてから、与式の両辺を√2e^(jωt)で割るという操作を行ったが、実用上は簡便化のために直接次のような変換をする。

  
v →V, i →I

ただし、V I はフェーザ電圧と電流を示す。

また、前述のようにフェーザは時間の成分がないので、時間についての微積分に対しては定数として取り扱える。電流を例とすると以下が成り立つ。

  
di/dt = jω√2I e^(jωt)
  
∫idt = 1/(jω)・√2I e^(jωt)

√2e^(jωt)の項は、一括して消去できるので、フェーザを使った場合にインダクタLとキャパシタCの項は次のような変換ができる。

  Ldi/dt → jωLI
  
1/C∫idt → 1/(jωC)・I

以上により、角周波数ωの交流でフェーザ電圧V、フェーザ電流I を使った場合、R,L,Cの電圧電流の関係は次のようになる。

  
V = R I
  
V = jωLI
  
V = 1/(jωC)・I

これより、正弦波交流回路においてフェーザの考え方を取り入れると、インダクタンスLはjωL、キャパシタンスCは1/(jωC)を抵抗と同じようにみなして、オームの法則を当てはめられることがわかる。

この場合の抵抗に相当する電圧と電流の複素比V/I を複素インピーダンスまたは単にインピーダンスと呼ぶ。インピーダンスの変数記号としてはZを用いる。単位は電圧と電流の比なので抵抗と同じΩ(オーム)を用いる。

  
V = ZI   Z = V/I

また、電流と電圧の複素比 I/Vを複素アドミッタンスまたは単にアドミッタンスと呼ぶ。変数記号としてはYを、単位はS(ジーメンス)を用いる。素子を並列接続したときに使用すると便利である。

  
Y = I/V = 1/Z

複数のR,L,C素子が複雑に直列並列接続されている場合、各素子のインピーダンスを合成抵抗を求めるときと同じ方法で合成することができる。

これはフェーザから導かれたインピーダンスには時間によって変動する項が含まれていないからである。正弦波という時間領域から離れて、ωという周波数領域の計算となっていて、しかもωは一定と規定しているからである。
合成された複素インピーダンスは、最終的に実部と虚部に分けられ次の形になる。

  
Z = R + jX

Xの部分は、リアクタンスと呼ばれる。X>0ならば誘導性リアクタンス、X<0ならば容量性リアクタンスとも呼ばれる。

同様に、アドミッタンスは

  
Y = G + jB

と表される。Gはコンダクタンス、Bはサセプタンスと呼ばれ、単位はS(ジーメンス)が用いられる。
まとめ複素記号法の使い方
正弦波交流のフェーザ表示による簡略計算法
 ○電圧電流のフェーザ表示への変換
瞬時値
 
フェーザ表示
フェーザ表示の意味
v(t)=Vm・sin(ωt+θ)
V
=Ve・e^(jθ) (Veは実効値電圧)
i(t)=Im・sin(ωt+θ)
I
= Ie・e^(jθ) (Ie は実効値電流)

 ○複素インピーダンス・複素アドミッタンスへの変換
素子の種類
 
インピーダンス[Ω]
アドミッタンス[S]
抵抗R
R
1/R=G
インダクタL
jωL
1/jωL
キャパシタC
1/jωC
jωC

●上記2項の変換を行うことにより、正弦波交流回路でも直流回路と同じように「オームの法則」が成立する。オームの法則を使って、受動素子が複雑に直並列接続されている正弦波交流回路の合成インピーダンスや合成アドミッタンスを、代数方程式として求めることができる。
 
 ○計算後の複素数表示から瞬時値表示への戻し方

  Z = R + jX = |Z|e^(jθ) = |Z|∠θ= √(R^2+X^2)e^(jθ)   (θ=tan-1(X/R))
  
と計算結果が出たとすると、

  電流は I = V/Z より I = Ix・e^(jθx) = Ix∠θx  などと変形できた場合は、
  回路全体の合計電流が以下の式で求められる。
  i(t) = √2Ix・sin(ωt+θx)

  電圧は、V = I Zより V = Vx・e^(jθx) = Vx∠θx などと変形できた場合は、
  インピーダンスZの両端電圧が以下の式で求められる。
  
v(t) = √2Vx・sin(ωt+θx)

  ただし、電源がsin波形で駆動した場合、cos波形ならばcosとなる。
  また、√2はフェーザを実効値で取り扱った場合に振幅値にするため。
SPICEによる確認: RLC直列回路
SPICE回路図ファイル RLC_series.zip (TopSPICE回路図ファイル+解析設定ファイル)
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回路図の作成  上側の回路図は、電圧源V1とR,L,Cを直列に接続したものです。電圧源からは、0Vを中心に振幅1V、周波数1kHzの正弦波が入力されています。SPICEの文法では、電圧の単位V、電流の単位A、インダクタンスの単位H、キャパシタンスの単位Fなどは省略可能です。ここでは抵抗以外は入れてあります。逆にm(ミリ)やu(マイクロ)などのスケール・ファクタ以降の文字は無視されます。
 下側の回路図は、複素記号法で上側の回路図を流れる電流を求めた結果をもとに作成しています。
計算結果は、i(t)=1.506×10^-3sin(ωt-44.95°) となったので、これを電流源 I1 のパラメータとします。これに抵抗負荷470Ωを接続します。流れる電流波形が上側の回路のものと一致すれば、計算が合っていることになります。
解析の設定と実行
(過渡解析)
 通常は、交流電源の周波数を1kHzとしているので、3周期くらいの波形を表示するために、解析の終了時間を1周期の3倍の3msとします。しかし、SPICEの過渡解析は、初期条件を特に設定しなければ、時間0sでは初期電圧0V、初期電流0Aから開始します。0sからの波形は定常状態になるまでの過渡状態を示します。簡単に初期条件は求まらないので、ほぼ定常状態になったと思われる時間以降の波形のみプロットします。ここでは7ms〜10msの波形のみプロットしています。また、ある程度の精度を得るため、SPICE計算の間隔であるステップ時間を、最大10usとしています。
観測する箇所は、交流電源の信号電圧V(1),各受動素子両端電圧VR,VL,VCおよび負荷抵抗R1を流れる電流I(R1)と負荷抵抗R2を流れる電流I(R2)
です。VR(抵抗部の電圧),VL(インダクタ部の電圧),VC(キャパシタ部の電圧)は分かりやすいようにユーザー側が任意に設定した変数です。(これはTopSPICEの仕様なので他のSPICEでは別です。)
解析結果からわかること  3段目のグラフから、SPICEが計算した結果であるI(R1)と、人間が計算した結果であるI(R2)が一致していることが分かります。
この回路で定数だと、流れる電流は電圧より約45°位相が遅れています。流れる電流の位相を基準に、電圧電流の位相を比較すると、抵抗では当然ながら電圧電流の位相は一致しています。インダクタでは電圧が電流よりも90°進んでいて、キャパシタでは電流の方が電圧よりも90°進んでいることが分かります。
各波形のレベルは、素子の定数値で決まってきます。
SPICEによる確認: RLC並列回路
SPICE回路図ファイル RLC_parallel.zip (TopSPICE回路図ファイル+解析設定ファイル)
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回路図の作成  上側はRLCの並列回路ですが、前出の理想電圧源と理想インダクタの直接接続問題を避けるため、インダクタに直列に微少抵抗値を接続しています。
 下側の回路図は、前項と同様に、複素記号法で上側の回路図を流れる電流を求めた結果をもとに作成しています。
計算結果は、i(t)=5.1515×10^-3cos(ωt+65.60°)=5.1515×10^-3sin(ωt+155.60°) となったので、これを電流源 I1 のパラメータとします。これに抵抗負荷470Ωを接続します。流れる電流波形が上側の回路のものと一致すれば、計算が合っていることになります。
解析の設定と実行
(過渡解析)
 電圧源の初期位相を90°進める、つまりcos波形とすると、うまくインダクタ電流とキャパシタ電流が0Aから始まるようなので、そのような設定としています。インダクタの初期電流0Aの設定(IC=0)も必要です。最初は、カット&トライが必要です。
出力変数で、I_sumはユーザー定義の変数で、電圧源V1を流れる電流を示しています。ただし、電流が正の向きは電源の+端子から-端子へ電源内を流れる向きなので、変数設定でその逆向きを正としています。これは、電流計(電圧0Vの電圧源:TopSPICEならばシンボルVA)を挿入してもかまいません。
(些細かつTopSPICEだけに関する点ですが、2段目のグラフと3段目の縦軸メモリを同一とするため、プロット設定でYAXIS=(-7.5m,7.5m,2.5m)としています。)
解析結果からわかること  3段目のグラフから、SPICEが計算した結果であるI_sumと、人間が計算した結果であるI(R2)が一致していることが分かります。
1段目と2段目のグラフの比較から、抵抗では電圧電流の位相は一致、インダクタでは電圧が電流よりも90°進んでいて、キャパシタでは電流の方が電圧よりも90°進んでいることが分かります。各時間ごとに値を加えたものがI_sum=I(
R1)+I(L1)+I(C1)のグラフになってレベルや位相を決めていることを、グラフで見比べると、より回路動作の理解が深まります。
4.3 交流電力の複素数表示
複素電力  交流電力についても複素数を使うことで計算がしやすくなり、意味が理解しやすくなる。

任意の正弦波交流回路の瞬時電圧と電流が以下であると仮定する。

 v=√2Ve・sin(ωt+θ1)
 i=√2Ie・sin(ωt+θ2)

オイラーの公式の逆変換式
 cosθ=1/2・{e^(jθ)+e^(-jθ)}
 sinθ=1/j2・{e^(jθ)-e^(-jθ)}
のsinの式を使い瞬時電圧電流の式を書き換えると

 v=√2Ve/j2・{e^j(ωt+θ1)-e^-j(ωt+θ1)}
 i =√2Ie/j2・{e^j(ωt+θ2)-e^-j(ωt+θ2)}

これらを次のフェーザ表示を使って書き換えると
 V=Ve・e^(jθ1),I=Ie・e^(jθ2),V*=Ve・e^(-jθ1),I*=Ie・e^(-jθ2)
ただし、V*Vの共役複素数を表す。

 v=√2/j2・{V・e^(jωt)-V*・e^(-jωt)}
 i =√2/j2・{ I・e^(jωt)-I*・e^(-jωt)}
 
したがって、瞬時電力p は複素数(フェーザ表示)を使うと次のように表される。

 p=vi=-2/4・{VI・e^(j2ωt)-VI*-V*I+V*I*・e^(-j2ωt)}
  =1/2・{VI*+V*I-VI・e^(j2ωt)-V*I*・e^(-j2ωt)}
  =1/2・(VI*+V*I)-1/2・{VI・e^(j2ωt)+V*I*・e^(-j2ωt)}   ----(a)
 
上記の最後の式の形を覚えておいて、再度フェーザ表示を元に戻すと、

 p=vi=1/2・{Ve・e^(jθ1)・Ie・e^(-jθ2)+Ve・e^(-jθ1)・Ie・e^(jθ2)}
  -1/2・{Ve・e^(jθ1)・Ie・e^(jθ2)・e^(j2ωt)+Ve・e^(-jθ1)・Ie・e^(-jθ2)・e^(-j2ωt)}
  =1/2・{VeIe・e^-j(θ2-θ1)+VeIe・e^j(θ2-θ1)}
  -1/2・{VeIe・e^j(2ωt+θ1+θ2)+VeIe・e^-j(2ωt+θ1+θ2)}
  =VeIe・cos(θ2-θ1)-VeIe・cos(2ωt+θ1+θ2)

 ただし、第1項はVeIe・cos(θ1-θ2)でもかまわない。

上式を一周期にわたり時間平均すると平均電力が求まる。第1項は時間の成分が含まれないのでそのまま残り、第2項は振動しているが平均としては0となる。したがって

 P=1/T・∫p(t)dt=VeIe・cos(θ2-θ1)              ----(b)

ここで求められた平均電力は、(a)式の第1と第2項の値に対応していた。
VI*=(V*I)*V*I=(VI*)*であるので  (V=a1+jb1,I=a2+jb2として確かめ可能)
VI*=a+jb,V*I=a-jb とすると、
1/2・(VI*+V*I)=1/2・(a+jb+a-jb)=a である。したがって

 P=1/2・(VI*+V*I)=Re[VI*]=Re[V*I]

上式より、平均の電力はフェーザで表したVI*またはV*Iの実部で示されることがわかった。慣例により、電圧を基準として電流の位相が進んでいるときの表示であるV*Iを、複素電力Pとする。(電力工学の分野ではVI*

 P=V*I=Ve・e^(-jθ1)・Ie・e^(jθ2)=VeIe・e^j(θ2-θ1)
  =VeIe・{cos(θ2-θ1)+j・sin(θ2-θ1)}
 
 =Pa・(cosθ+j・sinθ)

 ただし、Pa=VeIe,θ=θ2-θ1

 この式において、実部は(b)式の平均電力と一致している。実際に消費される消費電力であり、有効電力Pe(effective power 単位W)という。

一方、虚部は電圧と電流の位相が一致していないことによって、インダクタやキャパシタを出たり入ったりしている消費されない電力であり、無効電力Pr(reactive power 単位var ボルトアンペア・リアクティブ)という。

 複素電力Pの大きさ|P|は、

 Pa=|P|=Pa=√(Pe^2+Pr^2)=VeIe

で表され、位相は考えずに、加えられた見かけの電力を示していて、皮相電力(apparent power 単位VA ボルトアンペア)という。Ve,Ieはそれぞれ負荷インピーダンスに加えられている電圧実効値と電流実効値である。

 また、電圧と電流の位相差をθとしたときのcosθを力率(power factor)とよぶ。
交流電圧と電流の位相差が大きいほど使われる電力の効率が悪くなる。力率は、その効率の目安となる。
位相差0°のとき理想的な力率1または100%となり、このとき無効電力が0varである。
無効電力があるということは、消費はしないが、素子に無意味な電圧が加わり電流が流れていることであり、素子にとって耐久性上望ましくない。また寄生的な抵抗成分があれば実際の損失になる。力率を100%に近づけることが望ましい。

まとめ複素電力
最大電力を供給する  理想電圧源Eに内部インピーダンスZ0=R0+jX0が直列に接続されていると仮定される交流電源に、Z=R+jXの負荷を接続した場合に、もっとも効率よく電気エネルギーを伝えるための条件を考える。

負荷に流れる電流は、I=E/(Z0+Z)
負荷部分の電圧は、V=E・Z/(Z0+Z)

負荷における複素電力は、

 P=V*I=E・Z*/(Z0*+Z*)・E/(Z0+Z)=Ve^2・Z*/{(Z0*+Z*)(Z0+Z)}
∵(Z1±Z2)*=Z1*+Z2*,(Z1Z2)*=Z1*Z2*,(Z1/Z2)*=Z1*/Z2*

上の式にZ0=R0+jX0とZ=R+jXを代入して計算する。
(なお、Z1*Z2=(Z1Z2*)*の関係も使用する。)

 P=Ve^2・Z*/{(Z0*+Z*)(Z0+Z)}=Ve^2・Z/(Z0*Z0+Z0*Z+Z0Z*+Z*Z)
  =Ve^2・Z/{Z0*Z0+Z0*Z+(Z0*Z)*+Z*Z}
  =Ve^2・(R+jX)/{R0^2+X0^2+R0R+X0X+j(R0X-RX0)+R0R+X0X-j(R0X-RX0)+R^2+X^2}
  =Ve^2・(R+jX)/(R0^2+X0^2+2R0R+2X0X+R^2+X^2)
  =Ve^2・(R+jX)/{(R0+R)^2+(X0+X)^2}

したがって、負荷で消費される有効電力は、

 Pe=Re[P]=Ve^2・R/{(R0+R)^2+(X0+X)^2}       ----(c)

最大の電力を得るための条件は、Peをそれぞれ変数Rと変数Xで微分したときに0となる条件が同時に成り立つ場合である。  {f(x)/g(x)}'={f(x)'g(x)-f(x)g(x)'}/g(x)^2より

 ∂Pe/∂R=Ve^2・{(R0+R)^2+(X0+X)^2-2R(R0+R)}/{(R0+R)^2+(X0+X)^2}^2
       =Ve^2・{R0^2+2R0R+R^2+(X0+X)^2-2RR0-2R^2}/{(R0+R)^2+(X0+X)^2}^2
    =Ve^2・{R0^2-R^2+(X0+X)^2}/{(R0+R)^2+(X0+X)^2}^2

∂Pe/∂R=0 となるのは分子が0のとき、つまり R0^2-R^2+(X0+X)^2=0 のときである。また、

 ∂Pe/∂X=-Ve^2・R(2X0+2X)/{(R0+R)^2+(X0+X)^2}^2

∂Pe/∂X=0 となるのは分子が0のとき、つまり X0+X=0 のときである。
以上より、X=-X0 かつ R0^2-R^2=(R0+R)(R0-R)=0よりR=R0が得られる。
したがって、最大の電力を得るための条件は、

 Z=Z0*

このときの最大電力は、(c)式にR=R0,X=-X0を代入して

 Pmax=Ve^2・R0/{(2R0)^2+(X0-X0)^2}
    =Ve^2/(4R0)

SPICEによる確認: RLC交流回路
SPICE回路図ファイル Complex_Power.zip (TopSPICE回路図ファイル+解析設定ファイル)
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回路図の作成 正弦波交流電圧源(sin関数,オフセット電圧0V,振幅10V,周波数1kHz,初期位相0°)に、キャパシタ、インダクタ、抵抗からなる負荷が図のように接続されている回路を作成します。ノード名を1,2,3とつけます。負荷全体を流れる電流を測るために、電流計(電圧0Vの電圧源による)VAも加えます。これは、交流電圧源V1内部を流れる電流としても同じですが、その場合は電流の向きが逆になるので注意が必要です。
解析の設定と実行
(過渡解析)
 時間経過に従い電圧電流がどうなるかを調べる過渡解析を行います。定常状態の波形を見るために、過渡解析の計算は、0sからやっていますが、波形表示は2ms後から4msまでとしています。1kHzの交流なので周期T=1/f=1msとなるため、見易さを考えて表示は2msの期間です。解析計算の刻み幅であるステップ時間上限値は、精度をあげるために表示時間2msの1/1000である2usに強制的にしています。解析精度よりも解析時間を優先する場合は、上限値の設定はいりません。
 この解析では、各素子において瞬時電力がどうなっているかを調べるのが目的です。各素子の電圧と電流をもとに、波形表示プログラムの数式機能を使ってそれぞれの瞬時電力p(t)=v(t)i(t)を計算させ波形表示します。回路図の下にあるコマンドで、数式に適当な変数名を設定しています。この部分は使用するSPICEによってまったく方法が違います。
得られる波形は、複素電力ではなく瞬時電力ですが、対応する変数名Pa,Pe,Prなどとしています。
解析結果からわかること  グラフの1段目と2段目は、各素子の電圧電流を示しています。抵抗の電圧VRと電流I(R1)は位相が一致、インダクタの電圧VLと電流I(R1)は電流の位相が90°遅れ、キャパシタの電圧V(1)と電流I(C1)は電流が90°進みなどが確認できます。これらの合計としての結果が電圧V(1)と電流I(VA)になっています。約50°程度電流の位相が進んでいます。(複素電力の計算をすると54°です。)
 最終的に4段目で、有効電力に対応する抵抗での電力PE、無効電力に対応するインダクタとキャパシタでの電力合計PR、皮相電力に対応するPAの波形を見ることができます。複素電力の計算結果からは、有効電力Pe=38.17mW,無効電力Pe=52.64mvar,皮相電力Pa=65.02mVA,力率cosθ=0.587が得られます。
これらの値と瞬時電力のグラフの関係はどうなっているかと見ると、有効電力はPEの波形の平均値38.16mWと一致し、皮相電力はPEの平均値を中心として、振幅65.02mVAの波形となっていてこれが計算値と一致します。
 実際の回路には、複素電力ではなく、グラフの3段4段目に示されるように時間的に変動する電力(瞬時電力)が存在すると考えられます。これを簡単な代数計算で求めて表そうとする手段が、複素電力です。
SPICEによる確認: 最大電力の供給
SPICE回路図ファイル Impedance_Matching.zip (TopSPICE回路図ファイル+解析設定ファイル 2回路分入っています)
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回路図の作成  上の回路図において、ノード2とGNDの左側が内部インピーダンスをもった電圧源、右側の抵抗R1とインダクタL1の部分が負荷とします。このような回路構成で負荷側に最大の電力を供給するには、負荷の値をいくらにすればよいかを求めたいとします。このような解析は求めたい変数がひとつであれば、その変数を変動させながら解析を繰り返すことで比較的簡単に求まります(1番目のファイル)。変数が2つ以上の場合で最適解を求めるというのはかなり高額のツールでないと機能がありません。ここでは、精度をあげるには繰り返し回数を増やす必要がありますが、ほとんどのメーカー製SPICEについているモンテカルロ解析で試します(2番目のファイル)。
 1番目の回路図では、求めたい値のうちインダクタの値Lxは37.4mHと求まっているとしています。Rxが求めたい値で、初期値は適当な値470Ωとしています。
 2番目の回路図では、Lx,Rx共におおよその値しかわかっていないとします。モンテカルロ解析をするためにこれらの値のばらつきをLx=40mH±10%,Rx=250Ω±5%の一様分布と仮定して、この範囲内で消費電力が最大値となるLx,Rxを求めます。
 なお、この回路において負荷へ最大の電力を供給する負荷の条件とその最大電力を計算によって求めると、以下のようになっています。今回のSPICE解析の主な目的は、この計算値の確認になります。
最大電力:26.595W,そのときの抵抗値:241.06Ω,インダクタンス値:37.388mH
解析の設定と実行
(過渡解析+パラメトリック解析)
(過渡解析+モンテカルロ解析)
◎1番目の回路:
交流電圧源からsin波を発生させて、2ms〜4msまで過渡解析を行います。出力として欲しいのは、負荷抵抗R1における消費電力です。ユーザー変数としてPeという値を数式で設定します。パラメトリック解析でRxの値を変動させながらPeの波形データを繰り返し取得します。波形表示ソフトのパフォーマンス測定機能により、複数のPe波形の最大値のみを抽出して、Pmaxという変数に入れます。出力変数としてPmax、X軸変数にRxを指定しておくと、Pmax-Rxのグラフを表示します。マニュアルでカーソルを使ってPmaxの最大値を読むとRxが241のときPmaxが26.6mWと求まりました。
◎2番目の回路:
上記と同様の過渡解析を行いますが、そのときに繰り返し回数100としてモンテカルロ解析の設定もしています。ばらつきを指定した素子値が1回ごとにランダムな値をとりながら、設定した過渡解析を行います。Pe波形から最大値のPmaxを抽出する方法は、1番目と同じコマンドで自動的に行われます。結果としてX軸実行回数、Y軸がPmaxの上図が得られます(実行後のダイアログでOTHER Data選択)。マニュアルでカーソル機能を使って、100回のうちでPmaxが最大となったものを選ぶ(Cursors->Cursor1 Show, Cursors->Position->Maximum)と、図のように79回目の繰り返し時に、Pmax=26.6mWとなりました。このときのLx,Rxの値は出力ファイルを開き(View->Browse Output File)、双眼鏡ボタンをクリックし「79 of」と入力して検索すると、素子記号でR1=240.7Ω,L1=37.7mHと表示されています。100回の繰り返し回数でしたが、それなりに正解に近い値が得られました。

なお、モンテカルロ解析はシード値を指定しなければ、乱数に基づいているので、実行するたびに結果は違ってきます。
一般的には、モンテカルロ解析は、以下のような場合にとても有効な回路シミュレータの機能として使われます。
・複数の回路素子値のばらつきによる回路特性のずれが問題になるような場合
・量産する製品の回路で、素子公差と出力特性や歩留まりの関係を予測したい場合

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