SPICEで学ぶ電気回路の基礎 講座
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10. ラプラス変換
 
 回路方程式は、微分積分方程式で表され、9章ではそれを微分方程式の通常の解法を使って解いた。微分方程式を代数的に解く方法として、18〜19世紀のフランスの科学者・数学者ラプラスが、ラプラス変換を最初に考えた。ラプラス変換は、微分方程式を解く方法として、必須という訳ではない。しかし、ラプラス変換の変換公式や定理を当てはめることにより、複雑な微分方程式を比較的簡単に解くことができる。また、微分方程式の初期値の取り扱いにも有利である。ラプラス変換は、電気回路や制御工学など工学分野で、過渡応答や安定性の解析に活用されている。

10.1 ラプラス変換とは
ラプラス変換の定義  ラプラス変換は、フーリエ級数→複素フーリエ級数→フーリエ変換→ラプラス変換と進展した。周期性のある関数の周波数成分を調べる方法を起源として、微分や積分を含む任意の方程式を、破綻なく別の変数の簡単な代数方程式に置き換える方法として、拡張考案された。
実変数tの任意の関数をf(t)とすると、ラプラス変換は、f(t)のtに関する積分として以下のように定義される。f(t)をラプラス変換するということを、Lの筆記体で表す。sは任意の複素数で変換式が成り立つ。f(t)をラプラス変換した結果は、sの関数としてF(s)と表わされる。t関数を表関数、s関数を裏関数とする呼び方もある。
sは、数学ではラプラス変数、またはラプラス演算子と呼ばれる。



 積分区間は、フーリエ変換の拡張でもあり一般的には-∞〜+∞である必要がある(両側ラプラス変換)が、f(t)が回路方程式の場合は、tが時間となるので、t<0ではf(t)=0と仮定できる。つまり、t=0以降に電気的信号を加えると仮定するので、それ以前に立ち戻って信号の影響が出ることはないという因果律より、t<0ではf(t)=0とみなすことができる。従って、積分区間は、0〜+∞として構わない(片側ラプラス変換と呼ばれる)。

 なお、ラプラス変換が収束して有限値をとり、変換が成立するためには、関数f(t)に条件が必要となる。これについては、回路解析で扱う関数は条件を満たしているので、取り分けて考慮しなくても良いと言われている。
ここでは、疑問を残さないため、その条件の概略を次に示しておく。

【ラプラス変換の存在条件】

関数f(t)のラプラス変換が存在するには、関数f(t)が区間[0,∞]にて、以下の条件を満たしている必要がある。
1.区分的に連続である--->不連続な箇所があっても有限個であり、関数値も有限の範囲内であること。
2.|f(t)|≦Me^(at)となるMとaが存在する--->f(t)のグラフが-Me^(at)とMe^(at)という指数関数のグラフに挟まれていること。
ラプラス変換による微分方程式の解法  なぜ、上記のような面倒な変換を行うのかというと、2階微分方程式や連立微分方程式を解く場合など、そのまま直接解くのは面倒な場合に、ラプラス変換を使うと簡単になる(例えば、微分はs倍、積分は1/s倍すれば良い)からである。その手順の概要は、

1.微分方程式をラプラス変換し、t領域の関数をラプラス演算子sのs領域の関数に変換する。この場合、定義に従ってラプラス変換の積分計算を実際に行うのでなくラプラス変換表および関連する各種定理を用いる。
2.この時点で、s領域の関数は、sに関する代数方程式になっているので、部分分数展開などの方法により、ラプラス逆変換可能な形にする。
3.ラプラス変換表を逆向きに見て、ラプラス逆変換を行い、s領域からt領域の関数に戻す。


複素周波数について  ラプラス変換に出てくる変数 t と s は、数学的にはそれぞれ実数、複素数という条件しか与えられないが、回路解析などの分野で、つまり回路方程式の解析に使用する場合、t は時間である。s は、s=σ+jωとおかれ、物理的な意味を考えると周波数の次元をとり、複素周波数と呼ばれる。

 しかし、現在入手できるテキストやインターネット情報でも、sの意味を、数学の演算子の範囲を超えて詳しく解説している例は少ないようである。「一端子対回路」という章分けの中で解説している場合もあるが、多くはsの意味を明確に定義して説明してはいないようである。
 本講座でも、本章では、ラプラス変換を、微分方程式の便利な解法の一つとして、また回路解析での便利な解法の一つとして単に説明するに留め、s自体の意味には深く立ち入らないこととする。複素周波数に関する検討は、
次章で取り上げることとする(予定)。
ラプラス変換を考える上で、重要な二つの関数 単位ステップ関数 (または、へヴィサイドの単位関数)-----前章でも登場した。



 電源に接続されたスイッチをONするような動作を表すことができる関数。ただし、理想的な動作を考えるので、t=0またはt=τの瞬時では、u(t)の値は0〜1のどの値かは一義的に定められない。また、実物の電圧源とスイッチでの違いにも注意が必要である。実物のスイッチを開放した場合、電源側をみたインピーダンスは∞となるが、単位ステップ関数ではインピーダンス0である。一方、電流源においては、スイッチ開放の場合、実物も関数もインピーダンス∞と考える。
単位インパルス関数 (または、デルタ関数、ディラックの衝撃関数、ディラックのデルタ関数)



 実際に実現はできない数学上の関数で、t=0またはt=τ以外では0となる。t=0またはt=τを含む時間領域にわたるtに関する積分が1となる。イメージとしては、「パルス幅を限りなく0に近づけていき、そのパルス面積が1であるパルス」と言うことができる。下図では、慣例に従い、上向きの矢印を付け、強さ(面積)を括弧で示している。


単位ステップ関数


単位インパルス関数




10.2 主要関数のラプラス変換表
主な関数について、ラプラス変換の定義に基づきs関数を求める。実用上は、結果を変換表などから知るだけでよい。
(1)単位ステップ関数
(2)単位インパルス関数
(3)単位ランプ関数
 (1次関数)
(4)n次関数


(5)指数関数
(6)三角関数

(7)減衰振動

(8)双曲線関数

表10-1 
主要関数のラプラス変換・ラプラス逆変換対比表
10.3 ラプラス変換の演算
前項の個々の関数の変換に加えて、ラプラス変換の次のような定理も活用することで、変換をより簡単化できる。
(a) 線形性
(b) 相似性
とおくと、 これらを代入して

(c) 時間移動
(d) 時間微分
(e) 時間積分
(f) たたみ込み積分
■たたみ込み積分と伝達関数については、次章にて詳細に取り上げます。
表10-2 
ラプラス変換の演算
10.4 ラプラス変換の回路解析への応用
 次の図に示す基本的な5つの回路について、ラプラス変換を使用して回路電流を求めたいとする。要点は、表10-1と10-2が使えるような代数式の変形ができるかどうかになる。色々な回路例を試して、部分分数展開の手法に慣れる必要がある。
直流電源とRC直列回路

回路方程式は、

表10-1と10-2の積分の変換に基づき、両辺をラプラス変換する。ここで、キャパシタの初期電荷をq0=C・v0とする。

電流について解き、表10-1を使ってラプラス逆変換できるように、変形を行う。

表10-1と、表10-2の線形性を使い、ラプラス逆変換を行う。
---- (10.1)
直流電源とRL直列回路
回路方程式は、
 
表10-1と10-2の1階微分の変換に基づき、両辺をラプラス変換する。ここで、インダクタの初期電流をi0とする。

電流について解き、表10-1と10-2を使ってラプラス逆変換できるように、変形を行う。

なお、上記の計算途中で、以下の部分分数展開を使用している。

従って、I(s)をラプラス逆変換すると、
---- (10.2)
交流電源とRC直列回路
回路方程式は、

表10-1と10-2の積分の変換に基づき、両辺をラプラス変換する。ここで、キャパシタの初期電荷をq0=C・v0とする。
 
電流について解き、ラプラス逆変換できるように、部分分数展開を行う。

ただし、部分分数展開する前後の分子の各項を比較して

I(s)をラプラス逆変換すると、
---- (10.3)
交流電源とRL直列回路
回路方程式は、

表10-1と10-2の1階微分の変換に基づき、両辺をラプラス変換する。ここで、インダクタの初期電流をi0とする。

電流について解き、表10-1を使ってラプラス逆変換できるように、変形を行う。

ここで、部分分数展開を書き出してみると、

分子を計算し、両辺の分子を等しいとすると、



上記の結果を使って、

I(s)をラプラス逆変換すると、
---- (10.4)
直流電源とRLC直列回路
回路方程式は、

表10-1と10-2に基づき、両辺をラプラス変換する。ここで、インダクタの初期電流をi0、キャパシタの初期電荷をq0=C・v0とする。

電流について解き、表10-1と10-2を使ってラプラス逆変換できるように、変形を行う。

なお、上記で行った部分分数展開は、下記のルールを使用している。

ラプラス変換の表に従い変換するに当たり、I(s)の最終式の分母の後半部がとる値により、以下の3つの場合分けがされる。





とおくと、

表10-1の双曲線関数の変換と表10-2の周波数移動の法則により、ラプラス逆変換すると、
---- (10.5)


表10-1によりラプラス逆変換を行うと、
---- (10.6)

表10-1によりラプラス逆変換を行うと、
---- (10.7)
 以下で本章の内容をSPICEで確認していますが、ラプラス変換で求めた解をビヘイビア電源で発生させ、SPICE過渡解析アルゴリズムの結果と比較するというものです。これは、途中の紙と鉛筆による計算の方法が違うだけで、SPICEの使い方としては、前章と同じです。
 
市販の多くのSPICEには、伝達関数を記述できるラプラス電源機能(過渡解析、AC解析で使用可能)がついています。これを利用した各種回路図ファイルは、次章で紹介予定です。
SPICEによる確認: 直流電源とRC直列回路
SPICE回路図ファイル Initial_Condition_RC.sch (TopSpice 8 回路図ファイル)
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回路図の作成 RC直列回路にスイッチONで直流電源を印加する場合に流れる電流を、上記でラプラス変換により求めました。この求めた数式(10.1)をアナログ・ビヘイビア電源に記述して電流を発生させた場合と、SPICEで回路を作成し、回路電流をで普通に求める場合とを比較します。
なお、スイッチは動作を分かりやすくするためだけに入れた、ただのダミーです。削除し短絡しても構いません。
解析の設定と実行
(過渡解析)
 キャパシタの初期電荷q0=0の場合と、q0=C・v0=C・2Vの場合を、パラメトリック解析で行わせます。グラフ上段は、v0=0のときのSPICE解析と数式による計算結果です。グラフ下段は、v0=2VのときのSPICE解析と数式による計算結果です。
TopSpiceの波形表示プログラムTopViewの機能により、パラメトリック解析の1回目の結果をグラフ上段に、2回目の結果をグラフ下段に振り分けて表示させています。
解析結果の検討  SPICEの過渡解析アルゴリズムによる波形I(R1)と、ラプラス変換で求めた解の式による波形I(R2)は、完全に一致し、求めた解の数式が合っていることが確認できます。簡単な式なので、初期電荷(電圧)により回路の初期電流がどう決まるかが読み取れます。
SPICEによる確認: 交流電源とRL直列回路
SPICE回路図ファイル Initial_Condition_RL_sin.sch (TopSpice 8 回路図ファイル)
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回路図の作成  RL直列回路にスイッチONで交流電源を印加した場合です。数式は、上記の(10.4)式を使っています。かなり複雑な数式ですが、SPICEのビヘイビア電源では、上記で求めたとおりに任意の変数を.PARAMコマンドで指定できるので、そのまま根気強く入力するだけで実現できます。
解析の設定と実行
(過渡解析)
 インダクタの初期電流i0=0Aの場合と、i0=5mAの場合を、パラメトリック解析で行わせます。グラフ上段は、i0=0のときのSPICE解析と数式による計算結果です。グラフ下段は、i0=5mAのときのSPICE解析と数式による計算結果です。
解析結果の検討  SPICEの過渡解析アルゴリズムによる波形I(R1)と、ラプラス変換で求めた解の式による波形I(R2)は、完全に一致し、求めた解の数式が合っていることが確認できます。(10.4)式と波形を見比べると、過渡現象は、指数関数項が決定していることが分かります。
SPICEによる確認: 直流電源とRLC直列回路
SPICE回路図ファイル Initial_Condition_RLC.sch(TopSpice 8 回路図ファイル)
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回路図の作成  RLC直列回路にスイッチONで直流電源を印加した場合です。数式は、上記の(10.5)〜(10.7)式を使っています。この3つの式は、場合分けなので本来は同一ですが、これを一つのビヘイビア電源で表すことは困難なので、3回路として併記しています(上の拡大図では2回路のみしか表示していません。回路図ファイルには入っています)。RLC回路図の方は、Rを可変にして一つで間に合わせます。
解析の設定と実行
(過渡解析)
 初期電圧v0、初期電流i0は、それぞれの変数値を設定できますが、取り敢えずどちらも0としておきます。グラフの表示は、上段より過制動:I(R1)@R=2k, I(R(2)、臨界制動:I(R1)@R=632.5, I(R(3)、減衰振動:I(R1)@R=100, I(R(4)とし、各場合ごとに、SPICE解析と数式入力の結果を比較表示します。
解析結果の検討  SPICEの過渡解析アルゴリズムによる波形I(R1)と、ラプラス変換で求めた解の式による波形I(R2)〜I(R4)は、完全に一致し、求めた解の数式が合っていることが確認できました。
前章の内容をこの回路に合わせて再掲します。
過制動: R=2k>2√(L/C) 一度増加した値が振動をしないで減少する(回路電流の場合)。
臨界制動: R=632.455=2√(L/C) 過制動と減衰振動の境界。一度増加した値が指数関数に従い減少する。(回路電流の場合)
減衰振動: R=100<2√(L/C) 正弦波が指数関数的に減衰する(回路電流の場合)。

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